子育てをしている親にとって、最初に出会う子どもからの困ったメッセージは、「イヤだ」という言葉ではないでしょうか。 ひとりで歩けるようになり、言葉が少しずつわかり始め、好奇心が芽生えてきた子どもは、自分で何かをしてみようとするのに、思うようにはできないという体験をします。その時に子どもは「イヤだ」と言うのではないでしょうか。考えてみると、「思い通りにしたいのに思うようにはできない」というテーマは、何歳になっても直面する重要な課題であると言えます。
子どもから「イヤだ」という言葉が出る時に、親はどのように対処するのが望ましいのでしょうか。子育ての相談では、「どうすれば子どもが親の言うことをき いてくれるようになるのでしょうか?」という質問を受けることがよくあります。そこで考えてみたいのは、 “親の言うことをきく子ども”とはどのような子 どもなのかということです。親の指示や命令をよくきいてそれを守るこどもは、親の側からすれば手のかからない“イイ子”に見えます。しかし、子どもの心の 内面を見ることはできません。小学生の頃までは“イイ子”であった少年や少女が、思春期に入ってから不登校やひきこもり、或いは自傷行為などで苦しむ姿に 出会うことがあります。そうした少年や少女は、親にとって都合のよい“イイ子”を演じていたのかもしれません。本当は親の指示や命令に納得していなかった し、どこか“嘘っぽい自分”を感じていたけれど、“イイ子”を演じていればうまくいくのでそうしていたという可能性が考えられるのです。
そこ で、幼児期の「イヤだ」という言葉への対応に戻って考えてみましょう。子どもが自分の「イヤだ」という気持ちを上手にコントロールしていけるようになるた めには、子どもの心に自律性が育つことが必要になります。「自律性」という言葉について児童精神科医の佐々木正美先生は、「自分の衝動や感情を自制するこ とと、社会のルールを守ることができるようになることです。社会人になるための基盤です。くり返し教えるだけ。その成果はゆっくり待っていてやるのがいい のです。」と著書の中で述べています。親はお手本を示しながら、子どもが「イヤだ」と思うことをどうすれば上手くやれるようになるかをくり返し教えてあげ ることが大切なのです。たとえ子どもがすぐにできなくても、叱ったり、見放したりすることなく、「今すぐできるようにならなくてもいいんだよ」という気持 ちを伝えながら忍耐強く待つことが自律性を育てるコツだと言えるでしょう。子どもが、親に叱られるのが怖いから、或いは言うことをきけば引換えに何かを 買ってもらえるからというような考えがあって“イイ子”を演じているとしたら、それは本当の意味で自律性を育てることとは全く違うことなのです。
最近の日本社会では、自分の感情と行動をコントロールすることができずに他人を殺傷するという悲惨な事件が後を絶ちません。本当の原因はわかりませんが、 自律性の育っていない人間が増えているという見方もできるのではないでしょうか。自律性を育むことは、子どもに人として生きるための大切な「鍵」を持たせ てあげることなのだと考えています。