”子ども”を語る時間を増やそうー高校時代

 私は、昨年から県立K高校の非常勤講師を務めている。家族や親類に学校での出来事を話すと、「”ごくせん”の実践版そのものだね!」とよく言われ る。別に戦っているわけではないけれど、身体をはっていることは同じかもしれない。ガタイのいい男子生徒に囲まれて、どんな所から突っ込まれるかと常に緊 張している。睡眠不足や元気がない時は、授業がいつもより騒がしくなったり、注意してもなかなか聞いてもらえなかったりする。若い=勘がするどい=本能が とぎすまされているのかと思ってしまう。たばこやピアス、お酒、異性、大人の世界に興味が尽きない年代だ。教員ひとりひとりをすぐ近くにいる大人の見本と して彼らはするどく観察している。大したヤツじゃないと判断されると、たちまち授業がやりにくくなる。精神的に参ってしまう大人も少なくない。

  この中で上手くやっていくためには、彼から見て「なかなかいいヤツ(大人)じゃないの。」と認知される必要があるようだ。私なりのやり方は、一方で「わ かってる。もう大人だもんね。」とOKサインを出しながら、もう片方で「まだ背がのびてるでしょ。細胞分裂している間は毒はやっちゃだめだよ。」とNGサ インを送る方法である。日頃の信頼関係が結ぶことができると、聞いていないようでも注意が耳に届いているのを感じる。もちろん性格的にカッとなりやすいタ イプの男子学生と危機一髪な状況におちいることもある。そんな時には、他の生徒たちが「まつだの言う事を聞かないと○○先輩が許さないって言ってるぞ。」 「おまえの気持ちもわかるけどな。」とそれぞれが上手く立ち回ってくれる。そういう日は、帰りの車でどっと疲れがでるのを感じるが、大人の世界だけでは味 わえないとても大切な時間をもらった気がする。

 自分の高校時代を思い出してみる。ノートの端っこに「さみしくないよ。」って歌詞の一部を いたずら書きしていたら、数学の先生が「さみしくないよってことはさみしいよって事だろ。」とにやっと笑っていったことがある。その時、先生ともっと話を してみたいなと思った。ものすごく大人に見えていた先生に、自分を一人前に扱って欲しいって思った瞬間だったかなと思う。

 

 ところで、我が子は小4の反抗期まっさかり。学校ではOKサインとNGサインを上手く使い分けている私であるが、自分の子どもに はさっぱりなのである。先日立ち話した先生が確か「他人の子どもと自分の子どもは違うんだよ。」と言っていた。本当にその通りだ..と今日もため息がで る。

 

by まつしほ(やんくみのマネ)

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